ドイツ建国までの歴史をわかりやすく|何年成立?

ドイツ建国までの歴史をわかりやすく|何年成立?

ドイツ建国までの歴史をわかりやすく|何年成立?

 

ドイツ国家としての基盤は、843年のヴェルダン条約でフランク王国が分裂し、現在のドイツにあたる地域に、東フランク王国が発足した時に形作られたと言われています。962年に、東フランク王のオットー1世がローマ教皇より載冠を受け、ローマ皇帝となり、ここに神聖ローマ帝国が誕生しました

 

なお800年のフランク王カールの載冠をもって、神聖ローマ帝国の誕生とみる説もあります。

 

ドイツ帝国の成立

その後神聖ローマ帝国領内には、複数の領邦が分立し、ドイツの覇権争いを繰り広げていました。中でも有力だったのがプロイセンとオーストリアです。

 

最終的にこの覇権争いを征したプロイセンが、ドイツの領邦をまとめあげ、1871年にドイツ帝国(ドイツ国)が成立しました。これが1949年に成立した現・ドイツ連邦共和国の前身といえる国です。

 

ワイマール共和国、ナチス・ドイツの成立

ドイツ帝国は工業を主戦力に、ヨーロッパ随一の列強国に躍進しましたが、1918年の第1次世界大戦の敗北とドイツ革命により崩壊してしまいます。帝政から共和制に体制を移し、ワイマール共和国として、新たに歩みを進めることとなりました、

 

しかし第一次世界大戦の賠償金が重くのしかかったことで、経済は低迷。大量の失業者を生みました。これがナチズムのヒトラー台頭を許してしまい、1933年ナチス・ドイツが成立します。

 

ナチス・ドイツは1939年にポーランドに侵攻。イギリス・フランスがドイツに宣戦布告をし、第二次世界大戦が幕を開けたのです。

 

西ドイツ、東ドイツの成立

1945年ナチス・ドイツが降伏。ヒトラーは自殺し、ナチス政権も崩壊します。以降、ドイツの国土は、資本主義勢力のアメリカ・イギリス・フランスと、社会主義勢力のソビエト連邦による東西分割統治を受けることとなりました。

 

1949年には、ボンを首都とする資本主義国家の「ドイツ連邦共和国(西ドイツ)」と、東ベルリンを首都とする社会主義国家の「ドイツ民主共和国(東ドイツ)」が成立。

 

ソ連支配下の東ドイツでは、西ドイツへの逃亡を防ぐために、1961年に「ベルリンの壁」を構築し、両国は断絶状態に入ります。ドイツは東西冷戦の最前線となりました。

 

東西ドイツの統一

1980年代に入り、ソ連でペレストロイカが過熱すると、東ドイツでも民主化要求運動が拡大していきました。ソ連は鎮圧に動きましたが、結局自由化を求める市民を抑える続けることはできず、1989年「ベルリンの壁」は崩壊することとなります。

 

そして1990年ドイツ統一条約に調印し、ドイツ連邦共和国(西ドイツ)が東ドイツを編入する形で東西ドイツの統一が実現。現在に到るのです。

 

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